はじめまして。新しいマスターの……?
三橋町 | |
classic珈琲ゴンシャン |
以前絶メシでご紹介した1973年創業の「珈琲廊ゴンシャン」は、2022年9月末で惜しまれながら閉店を迎えました。(https://www.yanagawa-net.com/zetsumeshi/list08/)元店主の北島敏秋さんは、ゴンシャンの事業継承をすべく昨年の夏に担い手を募集し、一人の男性がその座を射止めました。「classic珈琲ゴンシャン」と店名を変え、新たなスタートを切った“新生・ゴンシャン”に、絶メシ調査隊が再び訪れました。
取材/絶メシ調査隊 ライター/林真世
西鉄柳川駅の西口を出て徒歩4分、交差点の向こう側にあるモダンなコンクリート造りの建物の一階。初めて訪れる人も「絶対、いい店だ」と直感するほど、外観からただならぬ雰囲気を漂わせています。歩道橋を軽やかに駆け下りて、吸い込まれるように扉を開きました。
はじめまして。新しいマスターの……?
はい、児島聡と言います。
「classic珈琲ゴンシャン」としてオープンされたということで。開業おめでとうございます。
ありがとうございます。準備期間が短くてオープンできるかギリギリのところでしたが無事に開業できました。
開店前の時間に取材に応じてくださった児島聡さん
春分の日の3月21日が開業日だったんですね。この日にした理由はなにかあるんですか?
その日はちょうど「一粒万倍日」と言われるすごく縁起のいい日だったんです。一粒が万倍になって実るという意味合いで、コーヒー豆を扱うのでぴったりだなと思ってこの日を選んだんです。
確かに、開業するにはベストな日ですね! 当日はどんな様子だったんですか?
新聞とテレビ局の方に取材していただいたんですが、宣伝していなかったので最初はお客さんが来なくって焦りましたね(笑)。スロースタートでした。
そうだったんですね。けれど、報道を見てゴンシャンの復活を知った方がこれからたくさん楽しみに来られるでしょうね。
徐々に増えていけばいいなと思います。
「珈琲廊ゴンシャン」から「classic珈琲ゴンシャン」に店名を新たにされたんですね。あえて「classic」を付けたのはなぜなのでしょう?
ゴンシャンがクラシック音楽を流して営業されてきたことと、「classic」という言葉は伝統や歴史という意味を含んでいるので、それらを繋いでいく気持ちで入れました。「ゴンシャン」は一度聞くと印象に残る言葉ですし、名前は受け継ぐ約束でした。
児島さんがゴンシャンの事業継承者の募集を知ったのはいつ頃ですか?
昨年の6、7月頃だったと思います。僕がちょうど前職を辞めて、自分のお店を持ちたいと考えていたタイミングでした。
前職はどんなことをされていたんでしょうか?
僕はずっと日本料理をやっていました。初めは石川県の料亭旅館で5年ほど懐石料理に携わっていて。その後は、地元の埼玉に移って調理師の講師をしていました。その頃に結婚をして、妻の実家がある佐賀へ引越して来たんです。
北陸、関東を経てようこそ九州へ。そして新たな地でも料理をされて?
はい、福岡の久原本家に勤めていたので、数年は佐賀から通っていました。
久原本家さんといえば「茅乃舎」のお出汁などを作られていて、福岡では知らない人がいない、モノづくりにこだわりのあるメーカーさんですよね。
シャツ姿にネクタイ、ベストの装いがお似合いの児島さん。ゴンシャンを継ぐまでは、コーヒーにまつわるお仕事には関わられていなかったとのこと
ゴンシャンの事業継承を知ったきっかけをお伺いしたいです。
たまたまネットを見ていて、「relay」という事業継承プラットフォームでゴンシャンが後継者を募集していることを知りました。それまでは「古民家でカフェをやれたらいいな」と思っていて、古民家再生などを手掛けられている柳川の設計事務所に問い合わせをしたりして場所を探していました。
ご自身で古民家や空き家を探されていたんですね。
そうなんです。面白いのは、その設計事務所の方というのが実は北島さんの姪っ子さんだったんです。後々わかったんですけれど。
偶然!? ご縁があったんですね。
そうなんです。でも結果的にゴンシャンの事業継承が魅力的でそちらに応募しました。ゴンシャンは長く営業されていますが、インテリアはとても綺麗にされていますし、この空間を一からつくろうと思っても難しいですよね。今風のおしゃれなカフェだったらつくれるかもしれないですが、この雰囲気はなかなか出せないと思います。
自然光が入って明るく、落ち着いた雰囲気の店内。「ゴンシャン」と描かれた素敵なステンドグラスが目を引きます
児島さんにお話しを伺っていると、ゴンシャンの初代マスターである北島さんが顔を出しに来てくださいました。「今は児島くんが主役だから」と遠慮されていましたが、現在も焙煎の技術指導は継続されているとのことで、お二人にお話しを伺いました。
北島さん初めまして。すてきなお店ですね。49年間営業されて、昨年の2022年に閉店を決断されたということですが……
はい。2020年にコロナの関係で40日間休業したんですが、復帰したとき、「あれ、おかしいな」と思ったのがきっかけです。それまで毎日が緊張の連続で、コーヒー一杯を淹れるのも実は緊張していたんでしょうね。体調が思わしくないことに初めて気がついたんです。
そうして昨年、事業継承者の募集を始められたのですね。
はい。息子がいますが別の仕事をしていますので、第三者へ事業継承をすることを決めました。
今回、何名ほど応募があったのですか?
51名です。
すごい。たくさんの方が応募されていたんですね。息子さんの手助けもあり話が進んだということですが。児島さんを選ばれた決め手はどういったところですか?
履歴書には接客業の経験が豊富だと書いてありました。調理の経験者ということと、奥さんがハープ奏者ということで。
奥さまはハープ奏者?
そうなんです。妻はアイリッシュハープの奏者をしていて、佐賀に越してきてから8年ほど、佐賀市内とみやき町で「cocoron」というハープ教室をやっています。今は週一回、この店内でも教室をひらいているんですよ。
曲線が美しく重厚感あるアイリッシュハープ。レッスン用の小型のものもあります
気が付きませんでしたが、客席の奥にハープがありますね! そもそもアイリッシュハープとは……?
アイリッシュハープはアイルランドの伝統楽器です。オーケストラで見かける大きなグランドハープより小型で、曲は素朴なものが多いです。
ほぉ、ハープにも色々種類があるんですね。奥さまのハープ教室や演奏なども、児島さんのお店で一緒にすることを想定していらっしゃったんですか?
そうそう。妻と一緒に空間を使えたらいいな、と考えていたところにゴンシャンと出会いました。
まさにピッタリの空間じゃないですか! お住まいは佐賀とのことですが、柳川にはご縁があったんですか?
ハープ教室の生徒さんは佐賀だけではなく久留米や柳川にもいらっしゃるので、地域的にはその辺りでやりたいと思っていたんです。それに柳川は伝統や文化を大切にしている地域だと感じていたので、柳川でやれたらいいなと思っていました。
そうだったんですね。柳川への引き寄せがすごい〜。
ご縁ですね。今はお店にハープを置いていて、店休日をハープ教室にしています。これからは少しずつ演奏会も企画していく予定です。
もともとクラシック音楽が流れるゴンシャンですが、さらにアイリッシュハープの生演奏も聴けるなんて、なんという贅沢。同時に、児島さんの奥さまへのやさしさも垣間見えました。純喫茶で楽しむアイリッシュハープ、美しい音色なんだろうな……!
焙煎機に向ける北島さんの真剣な眼差し。コーヒーと向き合ってきた月日を感じます
ところで北島さんは、半世紀前からコーヒーに携わっていらっしゃいますよね。喫茶店をやっていくうえで、児島さんに伝えたいことはありますか?
コーヒーとひと言で言ってもランクがあります。僕は元々UCCにいたんですが、その頃は、先輩にしっかりコーヒーの基本を叩き込まれました。ともかく品質管理が大事です。いい豆を仕入れるためには、取引先とのコミュニケーションや信頼関係を大切にしてほしいと思います。
焙煎中、コーヒー豆のいい香りが立ち上ってきます
焙煎の技術だけではなく、豆を仕入れる段階から品質管理は始まっているんですね。
いいコーヒーにはシュガーの甘みではなくて、コーヒーの甘みというのがあるんです。
北島さんはコーヒー豆の持つ本来の甘みを大事にされているんです。コーヒーについては北島さんがベテランで僕はまだまだなので、教えていただきながら、なんとか、というところです(笑)
ゴンシャンのコーヒーは蒸気圧を利用してコーヒーを抽出するサイフォン式で淹れられます。カウンターにはフラスコやスタンドなどの抽出器具がずらり
ということで、さっそく児島さんに自家焙煎のブレンドコーヒーを淹れていただきました。
フラスコで沸騰した湯がコポコポと上がっていく様子は見ているだけでおもしろいものですね。私は普段ドリップが多いのでサイフォンで飲めるのはワクワクします!
サイフォンは懐かしいという方もいらっしゃるし、若い方にとっては珍しいですよね。
北島さんがコーヒーを淹れるところを見ながら覚えていかれたんですか?
そうですね。一つ一つ覚えていっています。もともとあった「ブレンド」の配合も、北島さんに相談しながら割合を決めています。
ゴンシャンでは、3種類の豆を使ったブレンドや深入りのストロングの他、コロンビアやブラジル、モカ、マンデリンなどの産地の味わいを楽しめます
わぁ。香りがいいですね。
熱いので気をつけてくださいね。
たしかに熱々。うん、程よく深みがあっておいしいです。
最初は香りを楽しんで下さい。温度が下がるとより味わいをしっかりと感じられて、甘みもわかりやすいと思います。
北島さんもおっしゃっていた、コーヒー豆の本来の甘みですね。
カウンターには伊万里焼やWEDGWOODなどの陶磁器が並びます。私のカップは素敵な赤い花柄の有田焼でした
趣きあるカップに、熱めに淹れたコーヒーが最高にマッチしていますね。クラシック音楽もかかっていて、すごく優雅で充実した時間です。
食器やサイフォンの器具、インテリア、クラシック音楽……ゴンシャンからすばらしいものを引き継いだと思います。
デザートのレシピも引き継がれているんですか?
自家製プリンや珈琲ゼリーのレシピを受け継ぎました。ホットサンドやワッフルは僕が新しくメニューに入れています。
そうなんですね。せっかくなので北島さんから受け継いだメニューの味と、児島さんの新メニューどちらも味わいたいなぁ。……遠慮なくいただきます!
シンプルで懐かしさのあるゴンシャン定番のプリン
児島さんおすすめのあまおう苺を使ったデザートワッフル
わ。真っ赤な苺が映えますね。プリンも昔ながらのタイプでそそられます。
若い方にも来てもらいたいと思って。実際SNSを見て来てくださるお客さんもいるので、見た目にも楽しいメニューを考えています。
ワッフルをひと口。バニラアイスとホイップクリーム、苺ソースを絡めて
う〜ん、おいしい! ワッフルは生地がサクサク、苺ソースがさっぱりしていて食べやすいです。
ありがとうございます。苺はあまおうを使っているんですけど、ソースは甘さ控えめに仕上げています。
プリンもやさしい味わいで、カラメルソースがさらっとして苦味が少ないですね。固めだけど舌触りなめらか。昔から人気だったのもうなずけます。
そういってもらえるとうれしいです。オリジナルレシピを受け継いでるので下手なことはできません(笑)
ゴンシャンの人気メニューも残しつつ、新しいデザートにも挑戦されているんですね。
これから食事も提供したいと考えているんですが、何がいいだろうと思っていて。「何が食べたいですか?」ってお客さんに聞いているところです。リクエストあればどうぞ。
ナポリタンがいいです!(笑)
淹れたてのブレンドコーヒーにデザートを満喫。カウンターは居心地がよすぎてつい長居してしまいます
「もうやってる?」
取材をしていると、本日一人目のお客さまがご来店されました。常連さんとのことでせっかくならとお話しを聞いてみることに。
ゴンシャンには長く通っていらっしゃるんですか?
もう何十年になるか、結婚前から通いよるね。ここが閉まったときは「(再開が)まだかな、まだかな」っていつも見て行きよったとですよ。
すてきなお店ですものね。
また名前がいいでしょう。“ごんしゃん”って「良家のお嬢さん」って意味でしょ。北原白秋※のね。昔は絣の着物を着んなったお嬢さんを見かけると「ごんしゃん、ごんしゃん」って手を振ったりしていてね。
※柳川出身の詩人・北原白秋が幼少期の記憶を綴った詩集『思ひ出』では、詩や序文で「GONSHAN」が印象的に繰り返し用いられています
思い入れのあるゴンシャンが再開してよかったですね。
ここは本当に居心地がいいと。昔からずっと、息抜きしに来よったいね。
創業時から通われているという女性にゴンシャンとのあたたかい思い出をお裾分けしてもらって、なんだかうれしくなりました。
そしてもう一人、偶然にも居合わせたのは同じくゴンシャンの常連だという椛島道治さん。なんと椛島さん、ゴンシャンが開店した当初から店内のクラシック音楽の選曲を引き受けているという、柳川では有名なクラシック音楽の愛好家です。
ベレー帽がお似合いの椛島さんは柳川を中心に長年クラシック音楽の普及に尽力されています。ゴンシャンでも何度も演奏会を企画しており、ご縁が深いのだそう
すてきな常連さんたちに囲まれて、あっという間に店内が活気に溢れました。
こうやってゴンシャンが地域のみなさんの憩いの場になっているんですね。クラシック音楽も大きな要素になっていて。
ゴンシャンのお客さんは音楽好きの方も多いですし、椛島さんのようにクラシック音楽に精通していらっしゃる方もいらっしゃって。僕たちは若い世代にももっとクラシック音楽を身近に感じてほしいと思っています。
今後どんなお店にしたいかなど、目標はありますか?
常連のお客さまがゴンシャンの再開を喜んでくれているので、その期待を裏切らないようにしたいです。ただ若い世代にも受け入れてもらえるように、新しいことも取り入れていきたい。コーヒーを飲みに来た方がハープを知るきっかけになったり、演奏を聴いてみたいと思ってもらえる、そういった新しいメリットがあるのかなと思いますね。他では味わえない時間の使い方を楽しんでいただければと思います。
一日のほんの数十分の憩いの空間。人と人が交わり過ごす、喫茶店の醍醐味はこういった瞬間なのかも
柳川の「文化と伝統を守る地域性」に惹かれたという児島さん。飲食業で培った物腰やわらかな接客、そして引き継がれたコーヒーの味わい、さらには奥さまのハープの音色が重なることで、ここから新たな空気が生まれていくのを感じました。
なにより地域の方にずっと愛されてきたということが、ゴンシャンを訪れるみなさんの笑顔からじんわりと伝わってきます。北島さんへの「お疲れ様です。ありがとう」の感謝とともに、これからもより一層、柳川のまちで地域に愛され続ける場所になっていくことでしょう。
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。