ランヴィエールというのは、英語でもフランス語でもありません。“ラン”は、お祝いに贈る花の“蘭”。“ビ”は“美しい”、“エール”は“応援”です。つまり、“蘭の花のように美しい二人を応援する”という意味が込められているんです。
南長柄町 | |
ランヴィエール勝島 |
「ランヴィエール勝島」の荻島博さんと料理人の内山田善五さん
柳川といえば、掘割を優雅に進む川下りで有名ですよね。柳川の花嫁さんは地元の神社で式を挙げ、船に乗ってふるさとの町を巡るとか。なんてロマンチックな風習でしょう。
そんな「祝い船」をスタートしたのは、南長柄町で料亭を営む「ランヴィエール勝島」なんですって。普段の食事はもちろん、披露宴や法要まで対応できる広い宴会場も完備。店の裏手には、観光船が発着できる船着場もあります。
お料理もうなぎのせいろ蒸しや郷土料理など柳川ならではの美食が揃って…。
えっ?ご紹介するコーナーが違う?それじゃガイドブックじゃないかですって?
まあまあ、今回はお店じゃないんです。 “絶メシ”なのは、こちらの名物メニューの方なんです。
そう、今回の主役はわざわざこの味を求めて人々が押し寄せる“生姜焼き”です。
…料亭なのに“生姜焼き”?そもそも、料亭なのに“ランヴィエール”??
さまざまな“?”が浮かぶのは当然です。何せ、このメニューの存在そのものがミステリーなのですから。謎が謎を呼ぶ“生姜焼き”、まずは、オーナーの荻島博さんにお話を聞いてみましょう!
取材/絶メシ調査隊 ライター/大内理加
宴会場は掘割に面していて、窓の外には川下りの船が行き来する柳川ならではの風景が楽しめます
セピア色の花が咲き乱れる床や幾何学模様のタイル、重厚なアンティークのソファとテーブル。古き良き時代のエッセンスをあちらこちらに感じる「ランヴィエール勝島」は、1954年に料亭「勝島」として創業。1980年代には結婚式場としても利用できるようリニューアルしたそうです。
柳川らしさと洋風デザインが融合したインテリアは、結婚式を挙げる二人へ“特別な一日”を演出したいというおもてなし精神によるもの。その優しい気持ちはネーミングにも込められています。
お店のロゴは、幸せなカップルが離れないようにと一筆書きになっている。これも結婚式を始めた先代のアイデア
ランヴィエールというのは、英語でもフランス語でもありません。“ラン”は、お祝いに贈る花の“蘭”。“ビ”は“美しい”、“エール”は“応援”です。つまり、“蘭の花のように美しい二人を応援する”という意味が込められているんです。
なるほど!素敵な由来ですね。
でも、どうして生姜焼きが名物なんですか?
柳川の伝習館高校の近くに「中華大門」というお店があったんですよ。
そこで一番人気のメニューだったんです。
お店は内山田さん兄弟が40年近く営業されていたのですが、8年前、高齢になられたお兄様が辞める時に閉店されることになって。
絶メシ取材班にとっては悔しいニュースです…。
僕もよく食べに行っていたので、ずっと残念に思っていたんです。そうしたら、3年くらい前に、弟の善五さんがうちの前を偶然通りかかったんです。
それで、“どこ行きよっと?”って聞いたら。“競馬場”って(笑)お店をやっていた時の蓄えで暮らしていたそうですが、まだまだ若いし元気なのに料理人を止めるのはもったいないと思って、“うちに来てくれん?”って。
その場でスカウトしたんですか!?
でも、和食の料亭なのに中華のシェフを呼ぶことに抵抗はなかったんですか?
全然無かったです。むしろメニューの幅が広がるからありがたいと。
早速、僕のFacebookで“中華大門の生姜焼きが復活しました”と呼びかけたら、遠くは北九州からお客さんが来てくださって。
地元の人気店だったんですね。復活したとなれば一大ニュースだ!
地元の大人だけではなく、柳川高校の寮生もたくさん通っていたんですよ。柳川高校のスポーツ部といえば、全国各地から学生が通っていた。彼らにとっての思い出の味なんですね。
でも、また食べられるようになったのに“絶メシ”なんですか?
中華大門の味は、内山田さんにしか作れないんですよ。
特に、味付けのタレは秘伝なんです。
なるほど!ミステリアスな生姜焼き、ぜひいただきたいです。
ウワサの「生姜焼き定食」。このボリュームにコーヒー付きで730円!
コロナ禍で厨房に入ることができず調理する様子を見学できなかったため、なおさら“生姜焼き”の謎は深まります。
荻島さんが湯気と共に運んできてくれたお盆を見ると、“生姜焼き”のイメージを裏切るビジュアルが姿を現しました。
具材は、タレがしっかりとからんだ豚肉と玉ねぎのみ。隣にはマヨネーズがかかったキャベツ。そして、ラグビーボール型に盛られたご飯。
箸を取るまでもなく、この飾り気の無さが物語っています。“間違いないヤツ”だと。
うう、ご飯にのっけたい欲が高まります!
早速、いただきま〜す!
豚肉は、柔らかいバラ肉と歯ごたえを感じるロースの2種類。その合間に程よく食感を残した玉ねぎが加わります。
肉の脂と玉ねぎが相性抜群なのは言わずもがなですが、すっきりとしたタレが甘味をさらに引き立てています。
つややかなご飯にのせても、マヨ&キャベツを添えてもよし。
考える間にも箸は勝手に進みます。早く次のひと口を味わいたいと。
他の人では再現不可能と言われる理由がわかる気がします。
次の一口に全集中していたつもりが、味わう度ににやけてしまう…
ハマる味でしょう。でも、不思議なことに、内山田さんがうちに来たすぐは味が違っていたんですよ。材料も作り方も変えていないのに。そこから1ヶ月くらい経つと、どんどん以前の味に戻って、今では完全に昔のままです。きっと、鍋が内山田さんのやり方に馴染んできたんですかね。秘伝の味は、そういうところにもあるんじゃないかと思うんです。
内山田さんはこの中華鍋とお玉だけであらゆる料理を作る。鍋の真ん中の凹凸は自然にできたもので、味を決める重要な役割を担っているそう
いろんな要素が影響して、この生姜焼きにつながっているんですね。
これぞ名人芸!
ここで、調理を終えた内山田さんも同席いただき、改めてお話をお聞きしました。
この生姜焼きはいつ頃から作っていらっしゃるんですか?
中華大門を開く前に東京の中華料理店で働いていたんですよ。その時に始めたので、もう50年近くですね。
そんなに長く!中華料理で生姜焼きとは珍しいですね。
ランチでお弁当を出していて、そのおかずとして考えたんです。
だから時間を置いてもおいしいんですね。
生姜焼きを作る時にはどんなことに気を付けていらっしゃるんですか?
お肉を焼きすぎないことですね。
あとは、タレに漬け込まずに最後に合わせています。
材料はこれだけ。タレには生姜も入っているが、余計な甘味を出さないように砂糖などは使っていないそう
ロースとバラ肉の旨味がちゃんと味わえるのは、漬け込んでいないからなんですね。でも、タレはしっかりなじんでいますね。
タレは仕込んで三日くらい寝かせているんですよ。
そこで、タレの内容が気になるのですが…。
どうですか、内山田さん
ぽりぽり
(笑顔で)…。
やはり秘密なんですね。これは手強い(笑)
生姜焼きを目当てにたくさんのお客さんがいらっしゃると聞いています。
内山田さんがお休みされている日は食べられないんですか?
いえいえ、調理自体は他の調理人もできます。タレを仕込んでおけば大丈夫です。
でも、常連さんにはわかるんですよ。“今日は内山田さんじゃなかろう?”って。
材料も作り方も同じなんですけど、これも不思議ですよね。
生姜焼きと内山田さんは切っても切り離せないんですね。中華大門を閉店した後、ランヴィエール勝島に来るまで3年ほどブランクがあったと聞いています。その間も料理はされていたんでしょうか?
お店を閉めた時は踏ん切りを付けて辞めたので、料理はせずにしばらく遊んでいました(笑)
競馬でずっと負けていたから、もう一度働こうと思ったんですよね(笑)。でも、70歳なんてまだまだ若いですし、このまま辞められるのはもったいない。
生姜焼き以外の中華料理も本当においしいんですよ。日替わりランチで中華丼や酢豚、天津飯なども出しています。
お米がパラリとほどける理想的なチャーハン。噛むとモチモチ感がありじんわりとうまい。素朴な醤油味で、いろんなおかずに合う万能選手
作るのが好きなのはチャーハンですね。
こちらも箸、いえレンゲが止まらなくなります。
火加減も食感も、そして味付けも絶妙ですね。
普段はオムライスみたいに卵で包んで出しています。ツウのお客さんの中には、生姜焼き定食のご飯をチャーハンに変える人もいるんですよ。
チャーハンも生姜焼きも、何か食べたくなる味なんですよね。中毒になる感じで。
チャーハンを口に運べばこの表情である
多くのお客さんと同じく、荻島さんご自身の思い出の味でもあるんですね。
そうですね。中華大門を知らない若い方にも、ぜひ食べてほしいと思っているんですよ。ランヴィエール勝島の店構え的に学生さんだけでは入りにくいかもしれませんが、気軽に来てもらえれば。
それに、いつかは生姜焼きのタレの秘密を知りたいですね。
(チラリと内山田さんを見て)
内山田さんのお眼鏡に叶う日がくれば、教えてもらえるんじゃないでしょうか。今は、内山田さんにできるだけ長く元気に働いてもらって、いつまでも生姜焼きを出したいと思っています。この味を絶やさないのが自分の責任ですね。
荻島さん、本当に生姜焼きが大好きなんですね。
はい!うなぎに次ぐ柳川名物だと思っています。
一番身近にこれだけのファンがいるなんてすごいことですね。
私もいつまでも働かせてもらえれば嬉しいです。
本当においしいものは、人と人を強く結びつけることができる。まるで家族のように内山田さんを労わり、その味に惚れ込んでいる荻島さんを見ると、改めて料理の奥深さを思い知ります。
結局、最後まで生姜焼きのタレの中身は明かされませんでした。でも、秘密だからこそいいんです。内山田さんがイキイキと元気で腕を振るっている証なんですから。
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。