看板商品を教えてください。
沖端町 | |
肉の伊藤 |
「肉の伊藤」二代目店主の伊藤龍児さん。普段はカウンター奥の厨房で揚げ物を担当する。
皆様にとって、 “アタリのお店”とはどんなお店ですか?
絶メシ愛好家なら、メニューをいただく前になんとなく嗅覚が働いているかもしれません。例えば、たたずまいに残るイニシエ感、看板のフォント、味わい深いインテリア…。
その中に“店主が寡黙”というポイント、あると思います!
気さくな店主とのくだけた会話も楽しいけれど、“不器用ですから”と言わんばかりに料理で語ってくれる職人肌の大将に出会うのもまた喜びなんですよね。そんな絶メシファンを刺激してくれるのが、今回のお店「肉の伊藤」です。
店主の伊藤龍児さんは、口よりも断然手を動かすタイプ。いくら張り付いても、看板メニューの唐揚げの秘密についてはなかなか口を割ってくれません。
でもね、もうすでに“アタリのお店”センサーがビンビン反応してますよ!
もう言葉はいりません。唐揚げで語っていただきましょう。
取材/絶メシ調査隊 ライター/大内理加
お店に入ってすぐのカウンター兼ショーケース。その日ごとに塊の肉を切り分けて店頭に並べている。ステーキ肉などは一枚一枚真空包装しているので贈答用に利用する方も多い
柳川の川下りの終着点である沖端地区で、半世紀もの歴史を持つ「肉の伊藤」。店頭のショーケースの半分強が国産の牛豚鶏の精肉で、もう半分はお惣菜と焼き鳥が並んでいます。新鮮な色合いのお肉たちが質の良さを示しています。「牛すじ煮込み」や「鶏の肝煮」といった精肉店ならではの惣菜と、比較的手に取りやすい価格設定なのも、嬉しいポイントです。
何から食べようかな、もうこの時点で目移りしちゃいます。
店頭に並ぶ焼き肉のタレやかぼす胡椒などまで全て手作りがモットー。唐揚げの他に揚げ物はコロッケやトンカツ、串カツなどがある。焼き鳥や豚足などの焼き物は注文後に焼いてくれるから出来立てが味わえてうれしい。
看板商品を教えてください。
唐揚げですね。特に手羽先が人気です。
唐揚げはやはり不動の人気なんですね。
揚げ物類は注文が入ってから揚げるんですね。
手羽先の他にぶつ切りやももみ、砂ズリなど、揚げ物が8種類もある!
ちなみに伊藤さんがおすすめするお惣菜はどちらですか?
タレ焼きカルビですね。焼いてから出しているので
レンジで温めるだけで食べられます。
先ほどから香ばしい香りがしてました。食べたい。
お惣菜は開店当初から出していらっしゃったんですか?
そうですね。
そういえば、こちらのお店ですが、看板には「肉の伊藤」と書かれていますよね。
でもウェブサイトでは「伊藤精肉店沖端支店」で紹介されています。
もしかして姉妹店があるんですか?
本店がありますが、経営は全く別です。もともと父が久々原で肉屋を始めたんです。そのあと、父の兄がその店を引き継いで、父はこの沖端に二店目を出しました。向こうが兄なので、久々原の方が本店ですね。
そんな経緯があったんですね。
大将がお店を継いだのはいつ頃ですか?
30年くらい前ですね。
どうしてお店を継ごうと思われたんですか?
子どもの頃から厨房を手伝いながら、親の働く姿を見ていたんです。
それで、いずれは自分もやりたいと思っていました。
大体こんな感じです。もういいですか?
あ、ち、ちょっとお待ちください(汗)
もうちょっとお話をお聞きしたいです(汗)
ご両親の働く姿を見て、どんな印象をお持ちだったんですか?
朝早くから夜遅くまで大変そうだと。
今は19時には終わりますが、昔は年中無休で21時くらいまで営業していたので。
それでもやってみたいと思われたのはどうしてですか?
はい。どう言ったらいいんでしょうか。
二人とも一生懸命やってあったからですね。
子どもながらに感じるものがあったのでしょうかね。
実際に継いでみていかがでしたか? やっぱり大変なこともあったのではないでしょうか?
いいえ。自分は辛いと思ったことはありません。
楽しいんですよ。唐揚げを揚げる時とか。
今から揚げましょうか?
はい! ぜひお願いします!
唐揚げは大体5、6分ほどで出来上がる。電話で事前に注文しておくのがおすすめ。
唐揚げを揚げてみましょうか。そう発するやいなや、伊藤さんは淡々と準備を始めます。気がつけば、むっちりと身の詰まった手羽先は衣を付けられ油の中へ。のんびりしとした口調から一変、油の中の手羽先を返したり、持ち上げたりと手先をせわしなく動かしておられます。
唐揚げはどなたが考案されたんですか?
両親です。商品にするまでかなり苦労していたようです。
だから、作り方は50年前から変えていません。
なるほど。
おいしい唐揚げのコツとはどんなところですか?
衣に独自のスパイスば使ってます。
油は胃もたれせんよう菜種油です。
これでいいですか?
も、もう少しいいですか?
揚げ具合とか、目安があるんですか?
見た目と音です。
油の音が軽くなってきたら上げます。
ジュワジュワと勢いよく音を立てる油。素人には正直その違いは聞き取れませんでしたが、伊藤さんに渡された手羽先の唐揚げにかぶりついた時、味へのこだわりの部分が理解できたような気がします。
手羽先にお肉がみっちり付いて、一本で結構な食べごたえ
うわ〜! ものすごく香ばしいですね。「カリッ」って音が聞こえる歯応えもたまらん! 身は肉汁をまとってふっくら。この食感のバランスがたまりません。
食欲をそそる味付けには何を使っていらっしゃるんですか?
スパイスですが、中身は秘密です。
やはり。揚げた直後にもスパイスをかけていらっしゃいましたね。
辛くはないのですが、肉の旨味に絶妙な刺激が加わっています。
そもそも、手羽先って、骨が多いイメージがあったのですが、こちらのはかなりずっしり。肉の旨みも食感も十分味わえるんですよね。特別な品種の鶏なのでしょうか?
いえ、手羽先は数が少ないから、産地にこだわらず国産のものを選んでいるだけです。
唐揚げを手にテンションが上がる私を置いて、常にマイペースな伊藤さん。
その隣で肉の伊藤のもう一つの名物「たれ焼きカルビ」を仕込んでいたのは、初代であるお父様でした。
骨付きカルビは一度炙った後、フルーツを使った自家製タレに漬けてもう一度焼くのがコツ。焼き鳥店で使われているような大型コンロの上からカルビの脂とタレが絡んだ香ばしい煙が漂ってきます。これだけでご飯3杯いけそう。
1日に2回ほど大量に作る「たれ焼きカルビ」は唐揚げに負けない人気メニュー。40年前の販売開始以来、お父様が焼きを担っている。
取材後に、「たれ焼きカルビ」をお持ち帰りして、電子レンジで温めて食べてみました。驚くのはその食感。「あれ?焼きたて?」というくらい柔らかくジューシーなんです。一番おいしい骨まわりの部分まで箸でいただけるほど食べやすく処理されていますし、二度焼きで余分な脂を落としているので後味は意外にさっぱり。肉の特性を知り抜いたプロの技を感じます。
スタッフは伊藤さんとお父様、従業員の計4名。本業の精肉の準備をしながら揚げ物や焼き物、惣菜作りをこなすので伊藤さんは常に動いている状態。
店頭でお話をお聞きしている合間にも次々と、馴染みの常連客であろうお客さんがやってきます。「今日はどうね?」なんてカウンター越しに呼びかける近所のお父さんや、私たちに「ここの唐揚げはおいしかとよ」とアピールしてくれる方も。伊藤さんは常連さん相手だからと特別おしゃべりされるわけではないのですが、親しみを込めた眼差しで対応していらっしゃいました。
地域の人に愛されているんですね。
お店を続ける中で大切にしていることはありますか?
とにかく昔ながらの味ば、引き継いでいこうち思ってます。
ご両親は継いで欲しいとおっしゃったんですか?
いいえ。自分からやりたいと言いました。
それは、ご両親にとっても嬉しいですよね。
最高の親孝行ですよね。
そうでも無いです。自分が楽しんでいますから。
もういいですか?
す、すみません!あとひとつだけ質問を!
後継者については、どう考えていらっしゃいますか?
そこは悩んでいます。お店を続けたいけど、うちは二人とも娘でお嫁に行ってしまうから。
もし継ぎたいという方がいたら大歓迎ですか?
どんな方に来て欲しいですか?
そうですね。来てくれるなら特には。
もういいですかね。
は、はい!
営業中はほとんど言葉を交わすことはないが、役割分担はばっちり。親子で横顔がよく似ている
日々精肉店のお仕事を一心に務めておられるご主人ですから、取材とあってもリズムを崩すわけにはいきません。言葉にできない感覚がモノを言う世界でもありますし。しつこく話しかける私たちに戸惑われながらも、丁寧にお答えくださった伊藤さん。真摯なお人柄とご両親から受け継いだ味への信頼感が、地元の皆さんにも熱く支持されていることは間違いないようです。
ちなみに、伊藤さんが唐揚げを揚げている時に、こそっとお父様に伊藤さんの印象を聞いてみました。「よく頑張りよるよ。うちは一生懸命やらん人は働かせんもん」ですって。言葉数は少なくても、想いは通じ合っている。唐揚げは親子の絆もつないでいました。この味を受け継いでくれる方が見つかりますように。
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。