今作っていただいている皮付きモモ身の唐揚げはかねこ屋さんのおすすめなんですか?
辻町 | |
かねこ屋 |
久留米柳川線の中町交差点から辻町交差点まで、歩いて5分ほどの短い道のりは知るひとぞ知る柳川の絶メシロード。通りを見渡せば、2018年に紹介した「レストラン辰巳屋」や2019年登場の「まよい焼き でんちゃん」の看板が見えます。
今回の「かねこ屋」も絶メシロード沿いで約半世紀もの間、看板を守ってきたお店です。店に入ると「ピンポ〜ン」とのんびりとしたチャイムの音が鳴り、お惣菜が並ぶカウンターの奥から金子昭子さんが出迎えてくれました。
挨拶もそこそこに、「まずは唐揚げを揚げますから、味見をしてください」と厨房に逆戻り。て、展開が早い!!
実を言えば、今日のために1週間のフライ断ちをしたほど揚げ物を愛する私。いきなり唐揚げはむしろ大歓迎!舌なめずりをしながら昭子さんの背中を追いかけたのです。
取材/絶メシ調査隊 ライター/大内理加
鶏肉は九州産、中でも宮崎県や長崎県のものを選んでいるそう。モモ身のほか、手羽先やぶつ切り(胸身)も人気
厨房の奥に移動した昭子さんは、大きな保存容器からタレに漬け込まれた鶏モモ身を取り出します。揚げる前に片栗粉をまぶすのですが、ただ叩き込むだけではなく、手でしっかりと肉にすり込んでいます。まるで舞妓さんのおしろいのようにムラなく均一にお化粧できたら油の鍋へ。ジュワジュワと音を立てる鍋のそばには、電子タイマーが8分からカウントを始めています。
今作っていただいている皮付きモモ身の唐揚げはかねこ屋さんのおすすめなんですか?
そうです。皮が付いとる方がシャキシャキしておいしいと言われるとですよ。
鶏肉に下味を付けてから衣を付けていらっしゃいましたが、あの容器の中のタレは何が?
それはね、あんまり言えんとですよ。企業秘密。あのタレに鶏肉を4、5日じっくりしみ込ませているんですよ。
うー気になるなあ。衣の片栗粉もとても丁寧にまぶしていらっしゃいましたね。
粉の中で肉をギュッと押さえて、空気を抜いたほうがカラッと揚がりますからね。私が継ぐ前は塩コショウと水溶き片栗粉に漬けていたんですが、もっと味を染み込ませたいと思って自分で考案したとですよ。
油に入れる前まで何度も片栗粉にまぶすのが味の秘訣
なるほど。おいしく揚げるコツはなんですか?
やっぱり揚げ物はいい油じゃないと、たくさん食べたら胃がドッキリするでしょう。うちはサラダ油を使って、大体8分で揚げています。
胃がドッキリ。
揚げ時間はきちんとタイマーで測っているんですね。
そのやり方は創業時から受け継がれているんですか?
いいえ。三代目の私からです。いろいろ試して8分がちょうどよかったとですよ。
(タイマーの音)ピピッピピッ!
はい、揚がりました。温かいうちに食べてみてください。
お皿の上にこんもり載った唐揚げがやってきました。
白っぽい衣が特徴的で、かぶりついてみると皮の部分はカリッと軽く、
弾力のあるモモ身から旨みがジュワッとあふれ出ます。
香ばしい衣がたまりませんね。お肉もプリッとしておいしい!
塩コショウとシンプルな味付けのタレで肉汁の旨味も引き立つし、後味はあっさりしています。何個でもいけます!
ありがとうございます。
せっかくだからこちらもどうぞ。うちで一番売れているヒレカツとコロッケです。
トングで掴んでいるのがヒレカツ。新鮮な九州産豚肉に特製スパイスをかけている。奥はまん丸のコロッケ。じゃがいもは舌触りのよいメークインを使う
うわあ! ぶ厚いヒレカツはガツンと力強い味わいで、食べごたえがありますね。衣がお肉に負けない存在感で、しっかりホールドして旨味を閉じ込めていますね。衣も工夫されているんですか?
それも秘密です。パン粉を付ける時に肉の形を整えとるとですよ。それからうちで配合した特製スパイスを振ってます。
一口目にしてこの上なく顔がほころぶ。揚げたてを前にとてつもなく「ビールが欲しい」と思った
それでヒレカツは何も付けなくても十分おいしいですね。
コロッケも玉ねぎが甘〜い!
玉ねぎは機械じゃなく人の手でみじん切りしとるけん、しっかり味が出てるでしょうが。お芋も品種を色々研究して、この味にたどりつきました。
忙しい時は何種類も一気に揚げる。コロッケは3分、ヒレカツは4分など細かく時間が決まっている上、衣の色や音で微調整しているので気が抜けない
※撮影時のみマスクを外してもらっています
揚げたてにがっつく我々を優しく見守る昭子さん。最初は「かねこ屋」2代目のご主人の元へお嫁に来て、お店を手伝っていたそうです。25年前にご主人が亡くなられた時に後を継ぐことを決意。代替わりを機に、メニューを見直し、看板商品の唐揚げや惣菜をリニューアルしました。
そもそも、どうしてお店を継ごうと思われたんですか?
最初にお店を始めたおじいさん、だから初代やね。そのおじいさんが亡くなる時に「この店を頼む」と言われたとですよ。それがずっと耳にこびりついとったけん、この店ば守らなと思って。
2代目であるご主人ではなく、昭子さんにおっしゃったんですか?
そうです。商売を手伝いながらいろいろ工夫しよったけん、おじいさんは私を認めてくれて店のことを託されたとですね。
工夫というと、どんなことをされていたんですか?
そんな変わったことはしてなくて、40年くらい前に私が惣菜を始めたとですよ。その頃はまだ精肉が主だったけど、今からの時代は忙しい人が増えるけん、おかずも売るべきだと思って。最初はハンバーグとかほうれん草の胡麻和えとかほんの少しでしたけど。
とても画期的なアイデアですよね。初代もお店のためにいろいろと考えてくれる昭子さんを頼りにされていたんですね。
最初は反対されましたけどね。惣菜が売れだしてわかってくれるようになって。主人じゃなく私が言われたもんやけん、逃げるに逃げられんですよね(笑)
煮物やサラダなど、さまざまなおかずが毎日5種類ほど登場。夏に向けてさっぱりした酢の物など、季節性やお客さんからのリクエストが反映されたラインナップ
3代目を継がれた時にも、なにか改良をされたことがあるのですか?
今から生き残っていくにはどげんしたらいいやろうかと思って。本を見せてもらったり、テレビで見たことをメモしとったり。おいしいて聞けばその店に食べに行ったり。材料も揚げ時間もそれぞれ試して一番いいものを研究しました。
すごく研究熱心なんですね。味がガラリと変わってお客さんはびっくりされませんでしたか?
いえ、そんなに大袈裟なもんじゃないですよ。「おいしくなったよ」とは言ってもらいましたけど。
今並んでいるメニューは市場調査と研究の賜物なんですね。
お惣菜の種類も増えたんですか?
今は、5、6種類で全部日替わりです。
毎日来る方も飽きないように。
それは嬉しいですね。お客さんはどんな方がいらっしゃるんですか?
揚げ物は若い世代の方が多いですね。お惣菜はちょこっとの量なのでご年配の方がよく買って行かれます。早い時には15時くらいには売り切れます。
なるほど。特にお忙しいのはどんな時ですか?
暇な日もあれば急に忙しくなったりもするし、わからんとですよ。
こっぽらーしとうけん。
※「こっぽらー」は柳川の方言で「ゆっくり」、「のんびり」の意味
きっと“こっぽらー”が長続きの秘訣なのですね
一緒に働く石崎さんとは50年近くの付き合い。何を言わずともあうんの呼吸でそれぞれが持ち場を的確に回す
朝は4時から仕込みを始め、9時の開店後は注文が入るたびに揚げて18時に閉店。そんな生活を従業員の石崎さんと二人三脚で続けている昭子さん。取材チームが追いつかないほどてきぱきと動く手元を見ていると、とても“こっぽらー”としているようには見えません。休憩中に肩こりや頭痛のケアをしたり、休日には娘さんとご一緒に温泉に行ったりと体を労っているそうです。
お仕事を続けてきて嬉しい時はありますか?
そうですね。お土産に持っていくからとヒレカツを何十枚も買って行かれるとか、売れた時が一番嬉しいですね。
ヒレカツの手土産! それは喜ばれそうですね。
ステイホームの影響でお持ち帰りの人は増えたのではないですか?
そうね。売り上げは変わりましたね。毎日毎日二人でバタバタしてるけど、お客さんにおいしいと喜んでもらえればいいと思ってるけん。
かねこ屋ファンにとっては嬉しいお言葉です。持ち帰りで気を付けることはありますか?
揚げたてを出しているから、お店で少し待ってもらうんですよ。だから時間のない人は前もって電話注文をしてもらえると助かります。
お店を続ける中で大事にしていることはありますか?
“愛嬌”かな…と思うばってん、すぐカチンとくる時があるとですよ。他人に対してじゃなくて自分に対して。そこが欠けとるなあと思います。
お話を聞いていてもすごく穏やかだから、怒っているイメージが浮かばないんですけど。
忙しくなって時間がないと焦るでしょうが。そういう時にいろんなことを考えすぎて、追いつかない自分にカチンと来るとです。ポンポンポンと物を言うから娘にも怒られますし。そういう日は、お父さんの仏前にも報告するとですよ。「今日も怒ってしまいました。すみません」って。
きっとお客さんは全然気づいていないと思いますよ。
常連さんにとっては思い出の味ですし、ずっとお店が続いて欲しいのではないでしょうか。
私からはどうかわからんけど、お客様が選んでくれなはるけんですね。
皆さんが「頑張らんね」って言ってくれるからやっていけています。
いい話です。
後継者問題については考えていらっしゃいますか?
いえ。こういう世の中ですから、続けることにこだわってないです。
私が継いだ時はうまくいくまで何年もかかって大変やったけん。
職人の世界ですし、簡単にいかない。覚悟が必要ですね。
楽なことはないって。仕事はなんでも楽なことは無いですよ。
うーん、心に刺さります。
猫のエプロン姿がかわいい昭子さんだが、実は大の犬好き。忙しい日々を支えてくれた愛犬のネネちゃんが最近亡くなって寂しいという。買いに行く際に犬を連れて行くと喜ばれるかも
店頭での優しい笑顔の裏に潜むのは、70代にしてなお尽きぬ向上心。
唐揚げやヒレカツを揚げる時、鶏肉を丁寧に仕込む時、きちんと整頓された厨房の中で作業をする昭子さんの横顔に、それは一瞬表れます。
普段の笑顔も素敵ですが、お客様に少しでもおいしいものを届けたいと挑むキリリとした表情のかっこいいこと!
数々の看板メニューと共に、この情熱も続けばいいと切に願います。
もしかして、2代目のご主人もそんなところに惚れ込んだのかも。
昭子さんにご主人との馴れ初めを尋ねたら、「それは秘密にしとってください」とはにかんだ顔で返されました。
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。