こんにちは!すごくいい香りですね。使われている焙煎機は年季が入っていて渋いです。いつから使われているんですか?
三橋町 | |
ゴンシャン |
※「ゴンシャン」は惜しまれながら閉店することになりました。詳細は追ってお知らせ致します。
コンビニでコーヒーが買える時代、サイフォンの湯気を楽しみながらのんびり待つ一杯はなかなかお目にかかれなくなってきました。ましてや、ベストとネクタイ姿でカウンターに立つ寡黙なマスターがいる純喫茶は希少です。
柳川駅からほど近いこちらの喫茶店は、モダンなコンクリートの建物にステンドグラス、趣がありすぎるロゴなど、喫茶店好きならば見逃すまいポイントが目白押しです。『どうも〜!!絶メシで〜す!!』なんてガラガラ入る雰囲気じゃないですよ。怒らない? 大丈夫ですよね?
取材/絶メシ調査隊 ライター/大内理加
店内に入ると、期待を裏切らないクラシックなインテリアにため息。窓から射す光に照らし出された空間は、まるでセピア映画のワンシーンのようです。お洒落なんですが、ほっとする親しさも感じるんですよね。
奥の方からゴーっという焙煎機の稼働音と共に香ばしいコーヒーフレーバーが漂ってきました。焙煎機の隣にいるのは、店休日にわざわざ時間を空けてくださった、「ゴンシャン」のマスター北島敏秋さんです。
こんにちは!すごくいい香りですね。使われている焙煎機は年季が入っていて渋いです。いつから使われているんですか?
ここのオープンは1973年なんやけど、この3kg用焙煎機に変えたのは75年やね。最初は1kg用やったとよ。自分のとこで焙煎した豆を内緒で使いよったらお客さんに見つかってね、豆も売ってくれと言われて、量が足りんごとなって。
なぜ自家焙煎を内緒に・・・。こんないい香り出してたら見つかりますよ(笑)。マスターはもともとコーヒーがお好きだったんですか?
というより、大学の頃に喫茶店でバイトしとったっちゃけど、これが面白くてね。いずれは自分で喫茶店を出したいと思って、福岡のUCCに入社したとよ。2年目に不祥事があって転勤を言い渡されたけん、辞めた後に先輩が働いていた天神のホルン(現在は庵道珈琲)に引き抜かれて2年働いて独立したとよ。
え? 不祥事、ですか?
ああ、社内恋愛ね。当時は社内恋愛厳禁やったけん。
マスターの不祥事だったんですね(笑)。なるほど。やりますねえ・・・。
でも、どうしてお店を出すのを福岡の中心とかではなく、柳川にされたんですか?
柳川はうちの親の地元でね、土地を準備してくれたとよ。
ご両親の応援があったんですね。
でもね、最初は、私が大学が理系の工学部やったけん、「喫茶店なんていかん!」って大反対されましたよ。でも、当時の大学卒の初任給が3万のところを、この業界は4万。辞めて先輩の喫茶店に入って1年目に責任者になったら、2年目には7万よ。
おお、高給取り! それで、ご両親も安心されたんですね。
焙煎をしながら質問に丁寧に応えてくださるマスター。口数少ないながらも、ユーモアと毒舌を織り交ぜてくるあたりに大人の余裕を感じます
「ゴンシャン」って名前もうちの親が付けたけんね。当時、柳川にちなんだ名前を考えてたら、「ゴンシャン」っていうのはどうやと。最初は意味がわからなかったんだけど、後から調べたら「お嬢さん」って意味。北原白秋の詩に出てきたんですよ。
ゴンシャン、柳川の方言なんですねー素敵です。一度聞いたら覚えますよね。だからお店のマークも「お嬢さん」なんですね!
そうそう。佐賀の切り絵作家さんに作ってもらったと。これは昔作ったマッチ。
左側は開店当初のもの、後に右側のデザインがトレードマークになったそう。現在、店内禁煙になったため出番がないのが惜しい!
うわ〜! かわいい! ロゴもですけど、インテリアも素敵ですね。マスターのご趣味ですか?
40年くらい前は、こんな喫茶店が結構あったとよ。全国の喫茶店を研究してね。
今となってはこんなに雰囲気のある空間は貴重ですよね。
椅子も机も全部、大川家具でオーダーメイドしたとよ。特にカウンターとテーブル席を仕切っているこのガラス窓はね、真ん中の木枠の部分を四角にできんかって建具屋さんに言われたと。円形だと手でカットせないかんから。でも、角があったらイメージが固いでしょう。だから譲らんかったもんね。
凝ってます。素敵! お店の前は車の行き来が激しい道路なのに、こちらは別世界みたいです。
窓際の席は特に競争率高め!奥のスピーカーから流れるのは、もちろんクラシック
カウンターとテーブル席を仕切るガラスの窓。ガラス自体も分厚いので、ほんの少し向こう側が歪んで見えるのも趣がある
カウンター側の窓際に並んでいるカップはもしや、お高い…、よい器なのでは?
ああ、これは有田焼、そっちはイギリスのウェッジウッド、あれはイタリアのミントン。あと、NARUMIかな。
ヒィ! 割らないように気をつけねば! これでコーヒーを出されるなんて、ヒヤヒヤしませんか?
するする。たまに割れるともう本当に泣きたくなるね。
それでも、お客さまにはこのカップでお出しするんですね。
常連さんの中には、このカップが大好きという方もいてくださるからね。そういう人は僕も覚えているから、来られたら黙って出すと。
マスター、かっこいい。
カップにもファンがいるんですね。そのお客さんの顔を見てカップ好きな方かどうか、見極めてるんですか?
そうやね。あとね、このメニュー箱を出した時に「これはなんですか?」って聞いてくる方は初めてうちに来たお客さん。
なるほど、確かに。木箱に入れて出されるメニューは見たことないです。
メニューはこの木箱の中に入って出してくれる。メニューがちょっとはみ出しているのも意図してのこと、箱から取りやすいようにだそう! 心配り!
これはね、学生時代にバイトしていた喫茶店がこうやって箱で出してたんよ。それを真似して。うちのは由布院の作家さんに彫ってもらった箱。
アイテムの一つ一つにストーリーがあるんですね。奥深くてコーヒーまでたどり着けません。
お話をしている間に、豆の焙煎が終わったようです。焼きたての豆は鼻の奥にまっすぐ届くような鮮烈な香り。焙煎から4、5時間経つと変化して、味が落ち着いてくるそうですよ。
焼いてすぐの豆をザルに入れて、入り口に置いておくとよ。そうしたら、豆の匂いにつられてお客さんが入ってくる。やっぱり喫茶店はコーヒーの香りがしないとね。
この空間にコーヒーの香りが似合うこと!
せっかくなので、「ブレンド」と「ストロングコーヒー」をお願いします。
注文後、北島さんがなめらかな手つきで豆を挽き、アルコールランプのサイフォンで一杯ずつコーヒーを煎れてくれます。
おいしく煎れるコツってあるんですか?
コツってのはないけど、おいしい印はあるよ。サイフォンをよーく見とってね。
フラスコで熱されたお湯が勢いよく上昇し、ロートの中のコーヒー粉を押し上げます。火が消えたら、ロートのコーヒーはまたフラスコの中へ落下する仕組み。
フラスコの中のコーヒーに立つ泡が美味しさのサイン
ここ!フラスコの中にコーヒーが落ちてきた時、泡が立つほど美味しい。僕の持論やけどね。
他のお店では、泡が全然出ない時もあるからね。
マスターは飲まなくても見た目でだいたいコーヒーが美味しいかどうかがわかるんですね!
うん。わかる。
と言うことは、これはかなり期待できますね。いただきま〜…熱っ!
煎れたての熱いのより、少し覚ましたくらいが美味しいよ。
北島さんの言う通り、カップからはもうもうと湯気が立ち上がっています。まずは、その香りを目一杯吸い込んで、一呼吸。コーヒーを楽しむ前の準備運動です。湯気が落ち着いたら、ゆっくりと一口飲みましょう。
「ブレンド」は、すっきりとして軽やかな飲み口ですね。苦味もマイルドでバランスが絶妙。「ストロングコーヒー」は、しっかりとした苦味が次第に馴染んでいく感じ。余韻がとても続きますね。
ストロングコーヒーは苦味が強めのフレンチローストやけんね。やっぱりコーヒーは「コーヒー飲んでる」という強いのが私は好きやね。
これを楽しみに、東京からわざわざ寄ってくれる人もいるとよ。
二つとも全然味わいが違いますが、体に染み渡るような気がします。
さて、コーヒーを飲んでいると、甘いものが欲しくなりました。
そこで、オープン当時から出しているプリン&コーヒーゼリーの「ティータイムセット」と、最近の一押し「フルーツムース」をいただきます!
コーヒーゼリーとプリンの黄金コンビ「ティータイムセット」
コーヒーゼリーは、こちらのコーヒーを飲んだ時のコクや苦味がしっかりあって。深みがあって濃厚ですね。
UCCにいた時から、かれこれ50年作り続けてきた味やね。多分ですけど、コーヒーゼリーを福岡で初めて作ったのは僕じゃないかな。
え〜!それはすごい!そりゃ、そこらのコーヒーゼリーでは太刀打ちできないわけですよ。プリンもカラメルがちゃんとほろ苦くて、素朴な甘さがたまらないですね。
コーヒーに+100円でプリンかコーヒーゼリーがセットになるんですって。さっきセットを頂いたのに、もう一個に手を出すプリンライター
シンプルな材料だし、じっくり火を通して、きめ細かく仕上げているからね。お客さんからは、よく懐かしいって言われる。
わかります!あと、見るだけでテンションが上がるフルーツたっぷりのムース!ムース部分は、甘いヨーグルトのような味わいで、これがまたフルーツに合うんですよね。
夏はものすごく人気やね。
喉ごしがすごくいいですもんね。あ〜おかわりしたい!
オレンジやバナナ、ブルーベリーなどフルーツがゴロゴロ入った「フルーツムース」。ちなみに、添えられているミントは北島さんが育てたそう!
オープンされた時は、ここまでお店が続くって予感はありました?
いやいや、開店する時、保健所に届けは「一般食堂」って書いたとよ。喫茶店でやっていけない時は、食堂にしようと思って。だから今も一般食堂のままなんよ。
そうなんですか! 今だとカフェとか言えるんじゃないですか?
カフェは流行ってるけど、ちょっとイメージが違うもんね。ここは純喫茶なんよ。それに、僕はエスプレッソとかラテアートはやってないからバリスタでもない。ソフトバーテンやね。
なるほど。オープン当初から、北島さんの中にしっかりとしたゴンシャンのイメージがあるんですね。そこがブレないから、長年に渡ってお客さんも安心して通える。最近は、喫茶店がブームになっているし、跡を継ぎたいという人も多いんじゃないですか?
継ぎたいという人はいないですね。そんな話があれば嬉しいけど。
でも、この魅力的な空間が無くなるのは本当に惜しいですね。
あなたやりません?
そんな気軽に言われても(笑)
30年ほど前、全国誌に掲載された時の記事。「『マスターも渋くて素敵』と書かれてますよ」と言うと、北島さんは照れくさそうに笑った
「普段は寡黙なオヤジです」と自らおっしゃっていましたが、コーヒーやインテリアのことを、熱意を持って教えてくださった北島さん。後継者の問題についても気になるところではありますが、この話ぶりからすると、そんな事はまだまだ考えていないのでは?この先も現役でコーヒー道に邁進される気マンマンなのではと、私は勝手に安心しちゃいました。
だって、お店がお休みの時にも「一人で山奥まで渓流釣りに出かけてコーヒーを煎れる」そんなコーヒーマンなんですよ。この先も至福の一杯を楽しめるに違いありません。
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。