「ひゃー、天ぷら鍋、格好いいっす。日々使い込まれている道具!の存在感ですね。それで、お父さんは久留米のお店で修行をなさった後、ここ大和町に『なじみ』を開店されたんですよね?」
大和町 | |
なじみ |
西鉄天神大牟田線の塩塚駅から歩いて7分。家と田畑の合間にクリークが顔を出す柳川っぽいロケーションを進んでいくと、ロードサイドに『なじみ』の看板を発見。近寄れば、今回がはじめましてにもかかわらず、どこか懐かしい店の雰囲気。昭和に生まれた昭和の女(兼ライター)の西村にとって、幼い頃に通った地元の和食屋さんのような安心感があふれている。駐車場にはケータイ出現前の恋愛には不可欠だった、電話ボックスもご健在だ。しかし今回、「取材はちょっと…」とご遠慮されているところを、無理を承知でお願いしたこともあり、ドキドキ感とともに暖簾をくぐるのだった。
取材/絶メシ調査隊 ライター/西村里美
「いらっしゃ〜い」迎えてくれたのは、『なじみ』初代・ご主人、青い法被姿のお父さん。我々取材陣と顔を合わせ、「なんね〜、女んひと3人やったら、怖んなかね〜(怖くないね)」と、優しげな柳川弁と笑顔。取材が苦手なのではなくて、「何ばすっとね?」といった感じだった模様。わーい!こっちも怖んなかです〜。
初代店主の深町博信さんは77歳の喜寿。奥は次男で二代目の一臣さん。おふたりともフランス語のような響きの柳川弁をあやつる。
使い込まれた天ぷら鍋。道具をこんなふうに育てられるオトナになりたかった。
「ひゃー、天ぷら鍋、格好いいっす。日々使い込まれている道具!の存在感ですね。それで、お父さんは久留米のお店で修行をなさった後、ここ大和町に『なじみ』を開店されたんですよね?」
「そうですよ。開店は昭和49年の11月8日かな。じゃあ開店以来の看板メニュー、天ぷら定食ば食べてもらいましょうかね。3人で食べるよね?なら、大根おろしは大盛りにしとこう」
と、通常より多めの大根おろしを気前よくご準備。ここからお父さんは、天ぷらに集中されるため、二代目店主の一臣さんがアテンド役を買って出てくれた。これまたとっても接しやすいナイスガイの登場だ。
「父は“天ぷらひとすじ”の人生。修行後に『なじみ』で天ぷらを揚げはじめてからでも、44年が経っています。天ぷらの油は、柳川の卸屋さんが届けてくれる菜種油。これば鍋にた〜っぷり入れて、温度に気を配りながら、タイミングば見計らって揚げていく。父の天ぷらは、冷めてもサックサクですよ」
「わわ、海老にはパラパラっと、追っかけで衣をつけるんですね。それにしてもお父さん、もくもくと着実に、揚げていかれますね!ゆったりした仕草なのに、ベストの一瞬を逃さない!って感じがします」
「何年やっても天ぷらは難しかけんですねえ。それでも父は一生、現役で天ぷらを揚げたいっていいますもんね。そのためかどうかは分かりませんが、お酒も飲まんし、賭け事もせんのです。父は真面目なんですよ」
美しく、高く、盛り付けて。「3人で食べでね」と多めに盛られた大根おろし。その半分は優しさでできている。
ではでは、主役の海老を、いただきます。素材をいかして衣は薄付き。カラリ、サックリ揚がってる!衣はあくまで上品に、海老やナスやかぼちゃを引き立てるために存在してますね、これ。
『なじみ』のお客さんは常連さんが約80%。ご近所には40年来のなじみ客、つまり年配の方々がたくさんいらっしゃる。そんなみなさんも、この天ぷらならもりもり進むだろう。まさに、なじみの味がこれならば、天ぷら偏差値高いだろうなあ、このあたりは。
目をつぶっている写真しか残らなかったほど、うまい。
多品目のサラダ。小鉢の細もずくも、近所の魚屋さんに頼んで探してもらったもの。天ぷら以外も絶品!
想像を超える具だくさん。てんぷら定食1,080円でサービス良すぎて泣けてくる。
「おいしい?あら、ほんと〜?うれしいですねえ。サラダ、お味噌汁、小鉢とか、セットの料理もおいしいねって、よく褒めてもらえるんですよ」と明るく話してくれたのは、お母さんの洋子さん。「この茶碗蒸しも常連さんに人気よ。3人前作ったから、食べてくださいね〜」ああ優しい。
かつおぶしの香りがふわっ、とぅるんと食べれば昆布の旨味がじんわり〜。
初代の奥さん、洋子さんは明るく店を盛り上げる。カラオケ名人。
ほっこり満腹の腹をさすっていたが、我々にはさらなる使命があったのだった。それは裏メニューだと謙遜しながら、その実SNSでバズっているという、あざとい丼「キカイダー丼」を取材すること。
ところで、キカイダー丼って裏メニューも人気だと、こっそり嗅ぎつけとります。通常メニューには載ってないんですね、やっぱり。裏メニューならば誕生秘話とか聞きたいです!
ある日、「牛丼とカツ丼、どっちば食べよっかね〜?」と悩まれている常連さんがいらっしゃったんです。そんなら両方乗せましょうか?と作ってみたのが始まりです。口コミやSNSで広まって、今では初めてのお客さんも「キカイダー丼ください」と来てくださいます。
キカイダーって、「人造人間キカイダー」でしたっけ。たしか昭和40年代後半、石森章太郎先生原作の特撮テレビ番組があっていましたね〜。顔が青色と赤色に分かれてて…。
そうそう!私が昭和52年生まれでして、再放送かなあ?番組を観とったんで、そこからネーミングして。ご存知ならば、キカイダー丼もつくってみましょかねー(←またまた優しい!)。
さて、ここで突然ですが、『なじみ』は佐賀牛を使ったメニューにも力を入れていて、キカイダー丼に使うのも、なんと佐賀牛(なんたる贅沢!)。
実は一臣さんの奥さまの英恵(はなえ)さんのご実家が伊万里牛の牛農家さんで、伊万里牛の販売店をご兄弟が営んでいるそう。そこから仕入れたお肉だから、肉の味には自信がある。
英恵さんのご実家の伊万里牛が、嫁ぎ先の『なじみ』で絶賛活躍中。お義父さん、見てますか!?
こちら豚カツ。ポストカードになるべき画像であろう。
合体!世界中でバズれるポテンシャルがある。
西村さんたち、3名で来らっしゃったから、カツは6切れ、伊万里牛も多めに盛っておきますね。通常のキカイダー丼は、カツ4切れです。でも、ガタイのいいお客さんがいらっしゃったら、たくさん食べてくれそうやねって、量を増やしたりしがちな性格なんですよね、私(笑)。裏メニューだし、結局ルールはありません。
牛か豚か、優柔不断だったお客様に感謝を。
サンプル:カツを増やされがちなタイプ(ライター西村調べ)。
佐賀牛は赤身が多いのに柔らかくて、素人にもその上質さが伝わってくる。そしてカツもきめ細やかな衣をまとった、さっぱり系の大好きなタイプ。パッと見、濃い目の味を想像されるだろうが、そうじゃない。佐賀牛もカツも脂っこさは皆無で、味わいも出汁主体で上品。
その一方で、ちょい甘めの刺し身醤油(柳川で明治33年創業の老舗・森山醤油のもの)を隠し味に数滴たらして、食いしん坊の「丼ものを食ったった!」という満足感も引き立てている。
隠し味のアイデアはどこから?とお聞きすると「ちょうど目の前に、醤油差しがあったもんだから(笑)、何気に垂らしてみたんですよ。したらもう、それがよく合って」と嬉しそうな一臣さん。ウルトラC級の奇跡が起こった!
「キカイダー丼」の生みの親。3児のパパ。
食材についてお聞きすると「今日のお米は柳川産のコシヒカリ、卵は大津さんのところの産みたて卵。醤油はさっきも話したけど、柳川の老舗・森山醤油さんです」と、地元育ちのうまいもんがぎっしり。さらに英恵さんのご実家が手塩にかけた伊万里牛も合流しているし。
「生産者さん、卸屋さん、お客さま、親戚・家族と、身近な方々に長年支えていただき、育てていただきました。みなさまと『なじみ』をつくった両親に感謝して、これからも『おいしいな!』と食べていただける瞬間を、一期一会だと大切にしていきたいです」と一臣さん。
このメッセージは取材当日の朝のミーティングにて「きっとこげんこつを取材で聞かれると思って〜(照っ)」と、わざわざ家族で考えてくれたそう。こちらこそ感謝してもしきれない!
今後は駐車場を活用して、ご近所さんからのリクエストが多いBBQや牡蠣焼きパーティを開催して地域に貢献したいそう。一臣さんの娘さんが奏でる文化箏(ぶんかごと)でのおもてなしや息子さんの野球教室もと夢はひろがる♬
親・子・孫の3代で、これからも深まる『なじみ』の歴史が、私までなんだか楽しみに。きっとリピートします!
家族の仲の良さもおいしさの秘密にちがいない。※お父さんは休憩中。
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。