「こんにちは。今日は宜しくお願いします」
そう言って手渡されたのは、辰己屋の来歴をまとめた一枚の紙。広報がいる企業ならともかく、個人の方が営業されているお店でこんな丁寧なご対応を受けたのは初めてですよ。しかも、分かりやすい。
辻町 | |
レストラン辰己屋 |
一口に老舗といっても、三代、四代続く店はそう珍しくは無い。でも、七代続くとなると、そう滅多には無いだろう。もはや地域遺産と言っても過言では無い人気店『辰己屋』がなぜ“絶メシ”候補に!?そんな疑問を抱きつつ取材にお邪魔すると、西洋風建築がモダンな建物が見えてきた。ショーケースには昔ながらの食品サンプルが並ぶ。すでにこれだけでおいしい雰囲気が満載なんですけど…。ちゃんぽんも名物という奥深そうな辰巳屋さん、おじゃまします。
取材/絶メシ調査隊 ライター/大内理加
取材先取り違え疑惑を抱いたまま、恐る恐る店内へ…。ほらぁ〜、昔ながらのレストランって雰囲気でかなり素敵じゃないですかぁ〜!全体的に落ち着いた洋風のインテリアだけれど、奥には鏡をあしらっているので重苦しくなくて居心地がいいし、飴色のテーブルにかけられた黄色とピンクのテーブルクロスもかわいい。キョロキョロ見回していると、奥から七代目の東信介さんがお目見え。よ、よろしくお願いします!
「こんにちは。今日は宜しくお願いします」
そう言って手渡されたのは、辰己屋の来歴をまとめた一枚の紙。広報がいる企業ならともかく、個人の方が営業されているお店でこんな丁寧なご対応を受けたのは初めてですよ。しかも、分かりやすい。
「店名ですけど、よくある『辰巳』という字では無いのですね」
「実のところ、私にも『己』なのか『巳』なのか、昔はどちらかわからないんですよ。今は名刺の漢字の方が合っていると思うんですけどね」
“介”が手書きされている!「今、オヤジのしかなくて…」とお父様の名刺を自らの名前を上書きしてくださった一枚。こういう素朴なところにグッときます
「お店の創業は1828年。約200年前ですね!」
「柳川料飲組合から教えてもらったのですが、はっきりと伝わっていないんですよ」
「ヒェ〜!さすがです!最初はうどん屋と仕出し料理店に宿泊施設も兼ねていらしたんですね。そこから、食堂になり、甘味処やカマボコ製造も手がけていらしたと」
「と、近所の人に言われました。そのうち親父、つまり先代から洋食に変わり、昭和48年(1973年)には洋食メインにちゃんぽん、丼モノを加えて、今で言うファミリーレストランになりました」
「七代目の東さんもホテルのレストランで洋食の腕を磨いたそうですね。やはり跡を継ぐおつもりだったんですか?」
「う〜ん。特に強要もされなかったですね。曽祖父も祖父も『この味を引き継げ!』というタイプではなくて、自分でメニューや味付けを変えていましたし。私も今の風潮に合わせて、少しずつ味を変えているんですよ。お客さんには『昔と同じ味で落ち着く』と言われてますけど(笑)」
「なるほど!ご本人よりも常連さんの方がよくわかっていらっしゃるような。昔から愛されているんですね」
「ところで、洋食レストランなのにちゃんぽんも出してるんですね」
「そうなんです。うちはこの辺りで一番初めにちゃんぽんを出したんですよ。約90年前かな」
「え〜!それはすごい歴史!!どんなきっかけで出したんですか?」
「先々代代が長崎に行って作り方を修行したんです」
洋食屋さんのちゃんぽんとあなどるなかれ。辰己屋のちゃんぽんは、本場長崎仕込みの本格派です。辰己屋といえばちゃんぽんと言うファンも多いとか。4代目の時に親交の合った長崎市料理組合の方に話を聞いて、その息子さんである5代目が長崎市に行って学んだそう。メニューに出してからは柳川でも人気に火が付いて、いろいろな人がこっそりと習いにきたんだとか。そんな自慢の味、早速いただいちゃいましょう!
「わ!豚骨スープに野菜の甘みが溶け出して、すごくまろやかです。ずっと飲んでいられる! ところで、一般的にはあまりちゃんぽんで見かけないミックスベジタブルが使われているのは洋食屋さんならではの特徴ですよね?」
「あ〜、それは親父が野菜を切るのが面倒だからって使い始めたみたいですよ」
「あ、そういう理由なんですね。正直ですね(笑)。でも食感も変わって大正解ですよね。麺もシコシコしていて食べごたえあるなあ」
そこで、厨房でさりげなく東さんのお手伝いをされていたお母さまが登場。
「この麺はのびにくい特注品なんですよ。スープもわざわざ寸胴でとっているので手間がかかるんです。正直やめたいけど、ご近所さんが辞めるなって言うから」
「それは、これだけおいしと全力で止めたくなります!これからも続けて欲しい(切実)」
ひょうひょうとしたお二人にこっちが焦りつつ、メインの洋食へ。
大きなエビのフライ、ホテル仕込みのハンバーグとオムレツが一度に楽しめる豪華なプレート「エビバーグセット」をオーダー。
ちょっと厨房をのぞかせてもらうと、先ほどとはうってかわって真剣な表情の東さんが手早くハンバーグの空気抜きにとりかかっていました。小判形に整えられたタネを一気に焼いて肉汁を閉じ込めたら、オーブンでじっくり火を入れます。その間に約30cmはあろうかという大エビを開いて、パン粉をつけてカラリと揚げます。
インタビュー中の穏やかな表情とは打って変わっての佇まい!シビれます!
ラストはフライパンを小刻みに揺らしながら黄金色のオムレツが完成。一品できあがるごとにそっと現れて盛り付けるお母様とのコンビネーションもお見事!は、早い!残像が見える気がする!
オムレツ・エビフライ(おかしら付き!)・ハンバーグが付いたエビバーグセット(デザート/コーヒー付)(¥2,400)。チェリーがのったポテトサラダやスパゲッティも加わった“ザ・洋食“なメニュー
「うわ〜!おいしそう!いただいちゃいますよ〜」
ちゃんぽんの直後にも関わらず、ほかほかと湯気を立てるハンバーグやきつね色のエビフライに全神経が集中!
まずはギュッと旨味が詰まったハンバーグを一口。なめらかな舌触りのミンチから溢れ出る甘い肉汁とコクのあるデミグラスソースが絡まって、濃厚な旨味を奏でます。う〜ん!ライスが進む〜。
お次に、大きなエビフライにガブリ!サクサクの衣の下のふっくらとしたエビに一口目からノックダウン!卵たっぷりのタルタルがさらにおいしさを倍増させます。
「エビフライのエビはなぜ開いているんですか?」
「短時間でムラなく火を入れるためですかね。いつの頃からかやっています」
「なるほど。昔からこの大きなエビを使っていらっしゃるんですか?」
「そうだと思います。昔はこの奥でかまぼこも作っていたんです。その原料となる魚と一緒にエビが水揚げされるんですよ。それを料理に使ったのが始まりです。今は仕入れていますが、天然モノにこだわっています」
ハンバーグにエビフライと、洋食のスターによるおいしさの連続にさらなる追い討ちが。ホテルメイドのふわふわオムレツです。こちらでは鶏肉ミンチとタマネギのみじん切りが入っているのが特徴で、まったりとした卵の味をより洗練させています。
「オムレツの具が鶏ミンチなのは何か理由があるんですか?」
「いや、特に理由は無いです。親父がやっていたのを引き継いだだけで」
「お父様ステキ!それにしても全部注文が入ってから作るんですか!?厨房では基本お一人なのに、作り置きは一切されないんですね」
「やっぱり出来立てを食べて欲しくて」
「正直、手間がかかるからオーダーもらうの面倒だなって思われるメニューもあるんじゃないですか?」
「うーん。。。丸鶏を仕入れてきて、切り分けてもらうところから始めるグリルチキンですかね。でも、一定のファンの方がいるので辞められないんですよ」
「うわ〜! そんなに手間ひまかけてるんですね。チキン、絶対おいしい! というか、うすうす感じていましたが、辰己屋の常連さんの発言権が強すぎます(笑)」
「親父の代からの常連さんもいますからね。家族も知らないようなうちの事も教えてくれます」
「きっと常連さんは、東さんのことを息子とか孫だと思われているんでしょうね! お客さまにとっても思い出の場所がずっと続いてくれているのは嬉しいですよね。ちなみに今後挑戦されたいことはありますか?」
「う〜ん。手が空いたらカレーを増やしたいかな。あとは高齢の方も増えてきたので、宅配なんかも充実させたいですね」
「うわ!カレーもおいしそう!お一人だと大変ですよね。ちなみにお子さま(お嬢さん)が後を継がれる予定は?」
「う〜ん。わかりませんねえ。僕は200周年までは頑張ろうと思っていますよ。後継者は今の所いないしね〜」
「え!1826年オープンだから、あと8年じゃないですか!もったいないです!ほら、奥さまも首を横に振っていますし」
「そうですねぇ」
厨房にいない時の東さんはとても和やか。歯切れのよい物言いが素敵なお母さまと気配り上手の奥さまに囲まれ、お客さんの声に真摯に耳を傾けます。
それでいて一度オーダーが入れば、丁寧かつ確かな技術で応えてくれるのです。
七代続く老舗と聞いて、初めは暖簾の重さに緊張しながら伺ったのですが、そんな気負いは無用。常連さんも一見さんも変わらぬ暖かいサービスに胸が熱くなりました。きっと代々のご当主もそんな接客を続けてきたからこそ、こんなに長く愛されてきたんでしょう。
願わくば、新たにこちらの味を継ぐ方にも気負わずのびのびと腕を振るって欲しい。そして、ちゃんぽんも洋食も残してもらいたいものです。
厨房の一角に飾られている年季が入った心得。料理とお客さんへの真摯な姿勢が代々こうやって伝わっているんですね
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。