旧戸島家住宅
城内地区の西端、鬼童町の一角に、旧柳川藩士の隠宅として建てられた数寄屋風の意匠を持つ葦葺屋根の建物が、堀割から水を引き入れた池を持つ国の名勝庭園と併せて趣のある空間を形成しています。 内部には、江戸後期の流行を反映して随所に文人趣味の意匠がみられます。
旧戸島家住宅の建築は古く、戸島家の伝承や昭和6年(1931)に福岡県が実施した調査では、寛政年間(1789~1800)と伝えられています。
また、庭園に残る石碑や建造物、古文書の調査等から文政11年(1828)の建築が考えられます。
柳川藩で中老職の要職に就いていた吉田兼儔が隠居後の住処として庭園と共に建築した葦葺二階建ての建物で、後に藩主の立花家に献上されたといわれています。
維新の頃に藩兵の調練所として徴発された宅地の代償として立花家から由布氏に下賜され、明治15年(1882)頃に由布氏の転居に伴い戸島氏の所有となったようです。
その後は主に住宅として使用されましたが、柳川地方の武家住宅に典型例として、昭和32年(1957)に建物と庭園がそれぞれ福岡県の文化財に指定されました。
昭和53年(1978)には、庭園が国の名勝に指定されています。
平成13年(2001)に柳川市に建物が寄贈され、平成13年度から平成15年度まで3年をかけて解体修理を行い、平成16年(2004)4月に一般公開を始めました。
ギャラリー
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茶室東面
竹柱、竹の落し掛それに三日月の竹下地窓など、中国の竹林七賢人への憧れか、竹を主題意匠として使っている。 -
座敷外部(南より池越しに見る)
屋根は、東面南半と南面が上から葦、目板葺、杉皮葺の三段であるが、月見のため当初上から二段を計画していた。 -
座敷竹欄間(南より見る)
竹を組んだ意匠の欄間は近隣の武家住宅にも見られる。 -
座敷南縁西杉戸絵
中秋に似合う秋の草、すすき、萩等が描かれている。 -
なかのま西面
西面の戸には、李白の漢詩「濁酌」が彫られている。天井には「いろり」からの煙抜がある。 -
仏間東面
扉の漢詩は張謂の「湖中對酒作」である。扉の両側には細い竹を箕状に網んだ枠がついている。 -
茶室外部(北より見る)
茶室庇屋根と桁間の壁は竹網壁で、ここでも竹を意匠として強調している。 -
座敷南東面(北西より見る)
入側は、茶会の待合いでもあり、中秋の名月には縁側は、月見席にもなる。南東隈の柱が除かれており、展望よく庭園が座観できる。 -
座敷南面(北東より見る)
違い棚に竹を使っている。 違い棚の上部は神棚。付書院の南面上部には、秋の草花が描かれている。
旧戸島家住宅
場所 | 福岡県柳川市鬼童町49-3 |
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開館時間 | 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで) |
休館日 | 毎週火曜日(火曜日が祝日の場合はその次の日) 年末(12月29日~1月3日) |
観覧料 | 一般(小学生以上)100円 |
その他 | 北原白秋生家入館者は無料です。受付でチケットをご提示ください。 文化活動にもご利用できます。 詳しくはお問い合わせください。 |