柳川市観光協会

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歴史

 

柳川城阯

永禄(1558〜)の頃天下に誇る水の城として完成し三百余年続いたが、現在天守閣は灰燼と化している。本丸及び二の丸跡には柳川高校、柳城中学校が建てられている。

 

真勝寺

慶長5年(1600)、三十三万石を領して柳川に居城した田中吉政公の墓の上に建てられている真宗東派の寺。本堂自体が吉政公の墓といわれています。

 

安東省庵の墓

元和8年(1622〜) 藩学の祖 儒者安東省菴は、朱舜水に師事して大陸思想に活眼を開きました。墓は浄華寺境内にあり、県の文化財史跡に指定されています。

 

御花(松濤園)

勇将として名高い初代藩主・立花宗茂から幕末まで、柳川藩11万石を治めた立花家の歴史が息づく名勝。元文3年(1738)から「御花畠」と呼ばれる藩主別邸が設けられていた地に、明治43年(1910)、伯爵となった立花家により邸宅と庭園「松濤園」が造られました。

 

旧戸島家住宅と庭園

寛政年間(1789〜)に築造され、藩公の茶室となっていたもので、建物は県文化財の指定を受けています。また築山山水の美しい庭園は国の名勝に指定されています。

 

三柱神社

文政9年(1826〜) 藩親立花宗茂公、夫人及び岳父戸次道雪公の三柱を祀る宮で、日光東照宮の陽明門を象どった楼門、安芸の厳島を模した廻廊など名工の手による建造物でした。平成17年焼失し、現在復興中です。神域は筑後地方随一の高畑公園となっています。

 

日吉神社

正応3年(1290)近江国坂本の日吉神社の分霊を移して鎮守としました。「山王さん」とも呼ばれ、田中吉政公、立花宗茂公共に崇敬し、元禄9年(1699)立花鑑虎公の時に社殿を再興したのが現在の社です。
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